思いのあるコミュニケーション

先週末はまた結城さんが戸田に顔を出してくれました。

土曜日はあいにく私は参加できませんでしたが、練習後の部員らとの交流している写真が送られてきてなんだか微笑ましい気持ちになったものです。

翌日の日曜日もまた午前の練習に姿を見せてくれ、そこには久々に卒業を間近に控えた鏑木の姿もありました。

ですから日曜日の恒例となる2000mチャレンジに心強い応援者がいることでこの日もレコード更新の期待が高まったのは言うまでもありません。

いつもながらのアップを済ませ、いざT.Tをスタートしてみるとやはり全員が記録を狙いに行くアグレッシブな姿勢を見せ、5分経過の合図をかけるも誰一人ここで止めるということはありませんでした。

特に鈴木に関してはこれまでまだ一度も最後まで完漕することがなかったので、5分経過後は久々の未知のゾーン。

残り500m付近で目標タイムでの記録達成は苦しいながらも自身の持つレコード記録前後は期待出来そうな雰囲気もあったのですが、最後は残念ながら失速してしまいました。

それでも2000mの距離を久々に体験し、安定した平均LAPの維持だけでは記録更新が難しいとある意味、本人にとっても気付きのチャレンジになったのではないかと思います。

最後まで完漕しながらも記録更新できなかったからにはお決まりとなる5分漕3セットが待っていますが、その追加メニューを果たそうと一人黙々とチャレンジしていく姿勢には主将としての逞しさすら感じました。

そう、そして一人黙々と…ということは淡路、飯尾がまた飛ぶ鳥を落とす勢いでレコード記録を更新したのです。

淡路に至っては目標タイムにこそ及ばなかったものの、前回の記録を2秒ほど縮めたこともさることながら、毎回これだけのパフォーマンスを発揮できるのもさすがの一言。

そして飯尾に関しても前回記録からまた大幅に記録を塗り替えました。

春の練習開始時期には私も正直ここまでのタイムを出すとは到底思っておらず、いい意味で毎回期待を裏切ってくれています。

この記録更新にていよいよ当部で今の最低目標ラインとしている7分切りも現実味を帯びてもきました。

これまで監督生活を通じて色々な選手を見てきていますが、大方の選手は限界点というかこれくらいだろうという予測というか限界点を見立てます。

これは正直言ってその選手の限界点を私自身が決めてしまうという点においても決していいことではないと本当に反省しています。

それでも心技体、そして体格や性格など、すべてを総合的に判断すると大体はその予想の範囲内におさまることが多いのも事実です。

ですが、飯尾に関して言えばそんな一方的な予想をあっさりと毎回のように覆してくるので、底知れぬ力を持っているのかもしれませんね。

むしろ人の想像や予想なんてそんなもので、それを超えてくるのもまた人の持つ力なのです。

そして飯尾の漕ぎ方そのものを見てもまだまだ未完成であり、成長の余地を残しています。

きっと今の記録に甘んじることなく、今後更なる成長を見せてくれれば、それは他の選手にとってお手本のような存在となり、大いに刺激となることでしょう。

 

さて、この日、2000mチャレンジを終えた後にはその漕ぎを見てくれた結城さん、そして鏑木が二人して漕ぎの指導を直接してくれていました。

飯尾に関しては記録更新を続けているため、あまり技術ばかりに触れるのは良くないとしながらもドライブフェーズとリカバリーフェーズのリズムの取り方や体重の乗せ方など、的確にアドバイスをしてくれている姿がそこにありました。

普段では私もそれなりに伝えていながらも、やはり人への伝え方というのも人それぞれです。話し手と聞き手の相性や表現の仕方によっても同じことでも大きく異なります。

少なくともこの日の飯尾には恐らく二人のアドバイスがスッと入ってくる、そんな指導であったように感じてもいるので、次回はついに7分の壁を越えてくるかもしれませんね。

そんな技術指導の時間もあって、この日は練習後の30分エルゴをあえて行わず、エルゴの漕ぎ方について各自がアウトプットする時間を設けてみました。

これは普段なにげなく自身が漕ぐ上で大切にしている力の使い方、伝え方を表現すること、また同時に他者の考えを参考に自らに取り入れることをしてほしいという思いもありました。

そのありがちなシチュエーションはこうです。

『基本動作は大方理解しながらも、どうしても力強く漕ぐイメージが分からない新入生を前にして、自らはどう漕いでいるかを先輩として表現で伝える』という設定です。

以前から口にしているように当部の部員らは言語化するのが苦手な印象があります。ですからそれぞれがどう表現するかにも期待してみました。

これは教えている自分自身もそうなので、決して責められるものでもありませんが、だからこそ表現することを通して少しずつ改善していってほしいとも思っています。

つま先からストレッチャーに圧をかけようとする飯尾、ハンドル軌道を軸にそこに力を伝えようとする淡路、そして体幹部を意識した漕ぎを強調する鈴木。

3人の説明の中で特に一番のポイントとして私が感じたのは上記の通りですが、やはり三者三様であり、今の漕ぎ方を見ていてもそれが顕著に表れている気がしました。

そしてこれらは誰が正解というものではなく、逆にダメということもありません。それでも自らの考えに固執することなく、他者の考えを少しでも取り入れることが必要だと思っています。

指導者としてエルゴや乗艇でそれぞれの漕ぎ方を見ていると、ついつい悪い部分を目にして指摘しがちです。

これは指導の特性だとも思いますが、本来教える順番としては良い点を伸ばす、良い点にこそ着眼する、その方が正攻法というか、成長に繋がるのだと思います。

この考えは僕の嫌いな旧来の野球的指導方法を反面としています。

古くにあった野球指導は監督が絶対であり、ミスをすると責め、これだからダメ、何をしてはダメ、監督のサインがあってから動け、こうした教えは選手自身の考え方を殺してしまいます。

こうして指導された選手は監督に怒られないように顔色を窺います。自らの個性や考えは置いておき、威勢のいい返事をすることだけが無駄に身につきます。

その返事はたとえ理解していなくても、正しいと思っていなくても、分かりましたと言うことが癖になります。

 

先日、仕事の現場で起きるであろう『あるある話』について語る機会がありました。

報告ばかりを部下に求める上司は決してその仕事の中身を見ずに、行動や姿勢ばかりを教えるというものです。

現代においてこんなことがまだあるのかと疑問に思われるかもしれませんが、実はまだ往々にしてあると思っています。(皆さんの社会ではどうでしょうか)

これは前述の通り、旧来の野球的指導法と同じと考えています。

つまり、上司は監督として練習にふと顔を出し、人の個性やいい面を見ずに、また練習すら見ずに選手らを集めてこう言います。

お前は結果が出ていないから俺の言うことを聞け、この練習が足りないから結果が出ない、なんでこれができないんだ、もっと声を出せ、気合が足りないと。

こんな指導で勝てる時代は終わりました。いや、そもそも勝てていたかどうかも分かりません。

それでもスポーツ界だけではなく、こうした考えがどこの社会にもはびこっているのをまだまだ感じます。

これは決して野球という競技批判ではありません。日本がまだ現代のように野球以外の競技が発展していなかった時代に少年らのスポーツといえば野球が一般的であったため、その指導方法として一例にしました。(野球を愛する方には大変申し訳ありません)

ですから決して野球だけがそうではなく、スポーツ界の指導方法には監督こそが正しいという考え、そしてそんな時代を生きた人たちは社会に出ても上司こそが正しいという考えを自然と持ってしまっているのです。

私の高校時代でも練習中に水を飲んではいけないという間違った文化がまだありました。そんなこと何の科学的根拠もないと分かっていながらも精神論的に残っていたので、これに耐えねばという思いも当時はあったのでしょうね。

でも私はどちらかというと若い頃からこうしたおかしな考えに異を唱えてきた人間でした。

だからこそ今もおかしなことが続く世界には物申すタイプなのですが、今はそれに飽き飽きし、歳を重ねると反論する気力も失せる、などとそんな言い訳が出てくるのも悪い癖だなと自省しています。

ついつい勝手にあるある話や私の日常へと結びつけてしまいましたが、今はコーチングという指導方法が主流となり、それ以外の育成指導方法もさまざまです。

そんな中でも私がもっとも大切だと思うのはやはりコミュニケーションに尽きます。

互いの思うことを理解、尊重し合い、何より育てたい、成長したい、言うならば『思いがあるコミュニケーション』こそが一番なんだと思います。

そのためには立場がどうとか、また年齢、経験なんかも一旦は置いておき、まずは信頼関係を築き上げることが必要な時代なんだと思います。

そういう意味ではこの日の結城さん、鏑木の部員らへのコミュニケーションはまさにそれでした。と同時にそんな彼らが羨ましくもあり、自分には無いものとも感じました。

決して無いものをねだっている訳でなく、むしろ今は心強い、頼もしいと捉えています。

私自身はついつい個を見ずに、部全体のことを考えがちですが、だからこそもう少し部員らと向き合い個人個人ともコミュニケーションを取っていかねばとも思うのです。

部員らも今の自分に満足することなく、常に成長しようと励んでいます。私自身も指導者として技術もさることながら、人間的にもっと成長していかなければいけません。

人や組織を育てていくのは人です。

指導者やリーダーの考え一つで、その組織もそこに属する人もそれを映し出す鏡ともなります。私が関わる人や組織は良い方向に導いていける、そんな存在でありたいと願っております。

※今回は土曜日に結城さんが撮影した部員らの写真をアイキャッチ画像に使用してみましたが、これこそがまさに結城さんなんだと感じました笑

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